国産紅茶

国産紅茶は花粉症に効果が期待できる無農薬の「べにふうき」を選ぶ

新茶の季節も一段落しました。皆さんの地方ではどうだったでしょうか。
私の周辺では、遅霜の影響もあって収穫が遅れたうえ、霜にあたったところとそうでないところの差が大きくて、収量もそれほど伸びなかったようです。
とはいえ、茶で生計を立てている農家では、霜を防ぐための対策はばっちりで、それほど問題がなかったようです。
 
季節になると新茶が気になるのですが、最近ではどの茶産地でも紅茶を作る業者が出てきました。国産紅茶の評価はどうなんでしょうか。

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国産紅茶の歴史は意外に古い

国産紅茶
国産紅茶は明治から販売されていますが、今、健康ブームで注目されています

紅茶というとインドやスリランカをイメージしますが、日本での紅茶の歴史は意外に古いのです。

そもそも緑茶は、安政6年(1859年)横浜港が開港された当初から、生糸と並んで重要な輸出品となっていました。最盛期には国内で出来るお茶(緑茶)の約80%が輸出に向けて栽培され、大きな産業となっていったのです。

しかし、世界的にはお茶といえば「紅茶」が嗜好品として飲まれていました。そこで、明治政府は明治7年(1874年)紅茶製法書を作成し、各府県に配布して紅茶の製造を奨励しました。九州、四国の山茶の多くある地を選び、熊本県山鹿と大分県木浦等で中国式の紅茶製造に着手しました。
実に明治の頃から紅茶の生産が始まっていたのです。

しかし、最初の頃は品質が悪く、とても世界に評価されるものではありませんでした。その後、政府が率先して多くのシェアを持っていた中国、さらにはインドのアッサム地方にまで技術者を派遣し、その地域で栽培される種子を持ち帰って栽培試験を行うなど、地道な試験が繰り返されました。
その効果もあって、明治11年、インド式の製茶技法を用いた日本独自の紅茶を開発しました。これが英国などで好評を得、本格的な紅茶生産が始まりました。

高知県から始まった紅茶の栽培は、明治11年(1878年)に政府が栽培法と製茶法を公開したのをきっかけに、高知だけでなく、静岡、三重、滋賀、福岡、熊本などの九州地方にまで広がっていきました。

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国産紅茶は「べにふうき」を

昭和に入って、昭和28年(1953年)に品種登録制度が始まると、紅茶専用品種として、「べにほまれ」、「いんど」、「はつもみじ」などが登録されました。
これで紅茶の輸出は伸びていったのですが、その後の経済成長で、本場インドの紅茶と価格競争で不利になり、だんだんと紅茶の生産量は減少していきます。
それからも続けて新しい品種は開発されてきましたが、大ヒットには至らず、次の発展のきっかけとなる「べにふうき」の登場まで待たれることになります。
「べにふうき」はカテキンも多く、花粉症に予防効果があるとして、最近の注目株になっています。
現在は、健康ブーム、安心・安全から国産生産物に人気が集まり、国産紅茶も人気が復活しつつあります。
幻の品種と言われる「べにひかり」を2年間後熟させた紅茶や、伊勢茶で有名な三重県産の無農薬茶葉を使った有機栽培紅茶など、たくさんの種類の紅茶が生産、販売されています。

お茶の産地では、必ずといっていいほど紅茶を販売しているお店があるので、専門店や製茶業者を尋ねてみましょう。
また、インターネットでは、国産紅茶を専門に扱うショップもあります。

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